津田直 北方へ


あとがき

十七歳で写真を始めてから二十年が経つけれど、これまでに何台くらいのカメラと出会い、付き合ってきたのか…..数えたことはない。けれどその時々の写真をプリントして眺めさえすれば、きっとすべてを思い出すことができるに違いない。それは僕が愛用してきたカメラのほとんどがフィルムカメラだからということではなくて、例えどんな小さなコンパクトカメラでもカメラのことを「ボディー」と呼称する習慣が身についていたからではないかと思う。つまり写真とは、「カメラ」という優れた身体能力を備えた相棒との信頼関係があってこそ、生まれるものと言っていいのだ。そんな僕の元へTomoというアプリと共にiPhoneが届いた日、そのボディーは方位磁石くらいの厚みしかなく、隅っこには小鳥のつぶらな瞳のようなレンズが付いていた。未だにスマートフォンを手にする習慣のない僕にとって新しい相棒との出会いは、ちょうど旅の準備を進めていた時だったので、胸に仕舞い日本を出発した。

向かった先は北極圏に位置するフィンランド北部地域だった。この旅でTomoはこれまでに経験したことのない極北の地を初めて共に歩み、マイナス20℃を下回る吹雪にも遭遇することになった。僕にとっては二度目の北極圏への旅路だった。僕は日々相棒のボディーを冷やすまいと、体温で温めながら冬空の下を歩き続けた。指先すら出すことが拒まれる厳寒な世界の中で、小さなシャッター音だけを頼りに、極北の原野を捉えてゆく。静寂の中を駆けてゆくのは、視線の先を往来する野生動物とその影くらいのものだ。生きとし生けるものをこれほどまでに眩しいと感じた旅はなかったと思う。

帰国後、間もなくしてTomoは「まだ撮り終えていないよ」と呟いているように見えた。僕らは再び白銀の世界へと飛び出して行った。次に目指した北国は青森県。機上から眼下に眺めた二月の青森は、かろうじて山脈を目で追うことができるというものの、雪深き光景に包まれていた。滞在中はTomoを片手にお庭えんぶりという神事や縄文遺跡などを巡った。北方に生きるということを、古層の文化を通して知りたかったからだった。旅の終わりには再び機上から窓の外に広がってゆく陽光を写した。後になって写真が届き、眺めてみると、光線の先にはすでに春の気配が漂っていた。


プロフィール

津田直 NAO TSUDA
1976年神戸生まれ。世界を旅し、ファインダーを通して古代より綿々と続く、人と自然との関わりを翻訳し続けている写真家。
文化の古層が我々に示唆する世界を見出すため、見えない時間に目を向ける。2001年より多数の展覧会を中心に活動。2010年、芸術選奨新人賞美術部門受賞。主な作品集に『SMOKE LINE』、『Storm Last Night』(共に赤々舎)がある。近年はフィールドワークからつくる写真集『SAMELAND』、『NAGA』、『IHEYA・IZENA』をlimArtより連続的に刊行。


主な個展

2008 「SMOKE LINE」資生堂ギャラリー (東京)
「漕」ヒロミヨシイ (東京)
2009 「果てのレラ」一宮市三岸節子記念美術館 (愛知)
2011 「REBORN“Tulkus’ Mountain(Scene 1)”」ヒロミヨシイ (東京)
2012 「REBORN“Tulkus’ Mountain(Scene 1)”」 タカ・イシイギャラリー 京都(京都)
「Storm Last Night / Earth Rain House」CANON GALLERY S (東京)
2014 「SAMELAND」POST (東京)
「On the Mountain Path」Gallery 916 (東京)
「REBORN (Scene 2) ― Platinum Print Series」タカ・イシイギャラリー モダン (東京)
2015 「NAGA」 POST/東京
「青い森から、繋ぐ」 クラチカ ヨシダ 表参道 the PORTER Gallery/東京
2016 「Grassland Tears」 Taka Ishii Gallery Photography / Film/東京
「IHEYA・IZENA」 POST/東京
「IHEYA・IZENA」巡回展 D&DEPARTMENT 沖縄、ソウル、北海道、福岡

主なグループ展

2009 「もうひとつの森へ」メルシャン軽井沢美術館 (長野)
2012 「東北 -風土・人・くらし」中華世紀壇世界芸術館 (北京), ローマ日本文化会館(ローマ), パース市役所庁舎(パース)など
「Gelatin Silver Session 2012 - Save The Film -」AXIS Gallery (東京)
2013 「東北 -風土・人・くらし」フィリピン国立博物館 (マニラ), シアトル・センター・パビリオン(シアトル), タジキスタン国立図書館(ドゥシャンベ), クロアチア科学芸術アカデミー, グリプトテカ美術館 (ザグレブ) など
「Gelatin Silver Session 2013 - Save The Film -」AXIS Gallery(東京)
2014 「東北 -風土・人・くらし」ラドビラス・パレス美術館 (ビリニュス), ローザ・パークス博物館 (モンゴメリ), 福島県立博物館(福島)など
2015 「東北 −風土・人・くらし」 ポストモダニズム・ミュージアム/ルーマニア・ブカレスト、トゥポウ専門学校ホール/トンガ・ヌクアロファ、ベトナム国立美術博物/ハノイなど
「アルプス、その先にある世界。」 The North Face Standard 二子玉川店/東京
「SHOWCASE “stands”」 表参道ヒルズ スペース オー/東京
「Paris Photo 2015」 GRAND PALAIS/パリ
2016 「INCIDENTS インシデンツ」 八戸酒造株式会社/青森
「風景のかたち−前田真三と現代日本の風景写真−」 足利市立美術館/栃木
「Paris Photo 2016」 GRAND PALAIS/パリ